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東京高等裁判所 昭和47年(ラ)621号 決定 1972年10月04日

抗告人 三和建設工業株式会社

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨は、「原決定を取消し、執行官をして原決定添付別紙物件目録記載の土地、建物につき、債務者の占有を解き競落人株式会社東陽相互銀行に引渡させる旨の命令を発せられんことを求める。」というにあり、その理由は、別紙抗告の理由および抗告の理由の補充書記載のとおりである。

しかしながら、競売法三二条二項によつて準用せられる民事訴訟法六八七条一項は、競落代金の支払を終了した競落人に対し、特に訴訟提起の方法によらず、執行裁判所の命令により簡易迅速に競落不動産の引渡を求め得る権利を付与したものであるから、同条の立法趣旨に照らし、同条に基づく引渡命令の申立は、競落人において代金支払後遅滞なくすることを要し、著しく遅滞した場合は不適法として却下すべきものと解するのが相当である。本件記録によれば、本件競落人東陽相互銀行が競落代金を支払つたのは、昭和四三年七月二四日より前であり(原審はこれを昭和四三年七月一九日と認定し、抗告人はこの認定を争わない)、抗告人が本件引渡命令の申立をしたのは、昭和四七年七月四日であつて、その間少くとも三年一一か月余を経過していることが明かであるから、本件引渡命令の申立は、著しく遅滞した場合に該当し、不適法として却下を免れない。

よつて、本件引渡命令の申立を却下した原決定は相当であり、その他記録を精査しても原決定を取消すべき違法の点は発見されないから、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 古関敏正 田中良二 川添万夫)

(別紙)抗告の理由

一、原決定は、その理由において「引渡命令は競落代金完納後、相当の期間内に申し立てることを要するものと解される。」として、「本件引渡命令の申立は競落代金完納後三年一一ケ月余を経過した後に提起されたものであり、その間競落人が引渡命令を申し立てるにつき妨げとなる特段の事情が認められない以上、その遅延の原因を尋ねるまでもなく、引渡命令を申し立てるべき相当の期間径過後の申立にかかるものというほかない。」から「却下する。」というものであるが、右は違法である。

二、民訴法六八七条(以下単に本条という。)三項の引渡命令の規定は、執行裁判所(以下単に裁判所という。)に対する職務規定である。

それは、売主としての職務を代行する裁判所としての当然の職責である。

三、不動産の売買においては、通常、売買代金の支払と同時に、その引渡しおよび所有権移転登記が行われるものであるが、強制競売は裁判所が行う売買であるので、本条一項は売買代金の支払を先履行と規定したのである。

従つて、裁判所は代金を先取りした以上、引渡命令を発して、執行官をして、これが引渡を実行させるのは当然の職責である。

四、引渡命令は「相当の期間経過後はこれを請求することができない。」という高裁判例があるが、右は本条を誤解したものである。

裁判所は引渡命令につき何故に、期間の定めが必要であると考えるのか?

民訴法によつて、無理に明渡させる引渡命令に期間を定めることは不可能であるし、また、そのような期間を定めた法条はない。

裁判所の擅な法解釈によつて、引渡命令の発令を拒否することは、誠実な職務の執行に違背するものである。

五、よつて、原決定は取消され、本件引渡命令の申立は認容されなければならない。

(別紙)抗告の理由の補充書

抗告人の本件抗告事件の抗告の理由を次のとおり補充する。

一、相当の期間経過後の引渡命令の申立に対し、これが発令を拒否する従来の裁判所の考えは、引渡命令は競落人に対する単なる「恩恵である。」との誤解に基づくものであると認める。

競落人は、裁判所からその引渡しを拒否されたならば止むなく債務者を被告として、引渡請求の訴を提起しなければならない。

しかしながら、そこで何が争点となり、そしていかなる判決がなされるのだろうか?

競落人が競売によつて、当該不動産の所有権を取得したことは、裁判所に顕著な事実であり、競落人は裁判所の職権登記による所有権移転登記によつて第三者対抗要件を具備したのである。

してみると、従来の裁判所が引渡命令の申立を却下して、競売不動産の引渡という最大の売渡要件の実現を拒否して、競落人に対し債務者を相手に「不動産引渡しの訴を提起せよ。」と要求することは、競売法の基本原則違反の違法行為である。

従来の裁判所は新たに御苦労な裁判をなして、手数料を利得できるから、有難いとでも考えているのだろうか?

ともかくも、競売物件の引渡しが完了していない限り、裁判所は何年後でも引渡命令を発令しなければならない。

二、引渡命令の執行に要する費用は、競売費用であるが、競売代金配当後においては、これを競落人に負担させることは相当であると認める。

従つて、競売手続が引渡がないまま配当によつて、終了したから「費用が出ない。」との理由で引渡命令の申立を却下するのは違法である。

競売手続の終了の取扱は単なる事務処理上の便宜の問題である。

三、競落人には債務者との関係において色々な人がいる。

従つて、裁判所が競落人に対し、直ちに引渡命令の申立を要求する必要はないのである。

本件競落人は、債権者であり、且つ債務者を得意先とする銀行であつたために、債務者の任意の引渡しを請求していたが、債務者はこれに応じなかつたのである。

しかしながら、民訴法は、債権者又は競落人の申立てがない場合においては、裁判所は相当な期間内に「引渡命令を発令せよ。」とは規定していないが、これは当然の事理である。

従つて、原決定の「特段の事情が認められないのに、相当の期間内に申立がなかつたから、これを却下する。」という判断は違法である。

四、原決定は「本条は競落人に引渡命令を求める権利を付与して競落不動産の占有を取得する途を開いている。」と正当に、本条を解釈している。

従つて、裁判所は、代金を先取りして登記はしてやるが、引渡の責任はない。」と却下するのは誠におかしなことである。

しかしながら、原決定の引渡命令が競売事件の付随的手続として「簡易に処理するに適当なものとして設けられていることにかんがみれば、……却下できる。」と解釈するのは誤りである。

引渡命令は、簡易な手続において発令されているが、引渡という競売不動産の所有権移転の基本的且つもつとも重大な手続として発令しなければならないものとして規定されているのである。

換言すれば、裁判所は職権をもつて不動産の引渡命令を発するからこそ「強制執行」と法定しているのである。

五、競売代金支払後、相当の期間を経過したときには、当該不動産の占有者又は現状が変更になることがあろうが、その場合においても、裁判所は現状のままで引渡命令を発令すればよいのである。

債務者又は、所有者に承継があつた場合は、申立人の疎明によつて、承継人に対し、引渡命令を発すべきである。

六、抗告人は、現在の本件建物における居住者につき、住民票謄本によつて、競落許可決定当時と同一の者が居住していることを疎明した。

その上、抗告人は、慎重を期して、第七号証の「承諾書」によつて、本件建物の居住者である成人三名の建物明渡の承諾を得ているのである。

従つて、相手方は本件建物の明渡に応じていないが、同居の親族である養母高橋ハル、父高橋木三太および母高橋ミエはいずれも、これが明渡しを承諾しているのである。

換言すれば、相手方の養母および実父母は、本件建物を競売によつて明渡さなければならないことを熟知しているのである。

七、ともかくも、原裁判所が引渡命令を発令しないのは、違法な職務行為であると認める。

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